鶴木マキ

リーディングと言う方法を使った笛野はすな先生のカウンセリング方法やポジティブなものの捉え方、からだと心が繋がっていてからだの不調は心からの知らせだと言うことを学んでいます。

↓こちらからは「からだの声翻訳家®」のことを書いています。
https://1007you1007you777.amebaownd.co

記事一覧(43)

Avicii

今日、サチエさんが教えてくれた。Aviciiが死んだ。素晴らしい曲を沢山教えてくれた。EDMの中でもキラキラとした存在感のある曲を選曲していた。EDMというものに囚われていなかったように感じた。EDMは聴かなくても、彼の曲を好む人は沢山いただろう。それまでのEDMより哀愁があり、透明感がある美しい楽曲を作る人だった。彼の作り出す美しい音に魅了された世界中のファンによって、彼はたちまちスターダムに駆け上った。もっと彼の作り出す曲を聴きたかった。人を元気づける、こころを高揚させるあの音楽。それでいながら、どこかに悲しみを秘めたトーンを感じる。その美しい悲しみとやさしさを感じさせる曲。何度あの曲たちをリプレイしたことか。これからも私にとって特別なDJのひとりでいることに変わりはない。Avicii、幸せを感じることが出来なくなっていたのだろうか?あなたの曲に幸せを感じることができた人たちは沢山いたろう。ライブに疲れてもスタジオで新しい曲を作ってくれるだけでも楽しみにしていたのに。とてもとても残念で悲しい。無間(阿鼻)地獄なんて梵語、Aviciiがいなければ知らなかったよ。どうか安らかに。あなたのことは、こうして残った曲たちが流れている限り忘れることはない。

昨日の所見

昨日は電子書籍出版のお話しと笛野親子の対談でした。最初は電子書籍。ちょうど帰りの電車でkindleで読まれている方が坐っていました。やっぱりスマホよりあのくらい大きくないと見ずらいな、と思いました。でもちょっと重いのかな?私の持参していた書籍とどっちが重いのかな?と目視で比較してみていました。電子書籍がますます台頭してくるだろうということでした。私は本屋でぶらぶらするのが好きです。本屋さんが書くポップを読むということも余りなく、だいたい気に入ったものが並んでいる書架のあたりにふらふらと行き、その辺りをゴソゴソとみて本と出会うということをしています。だから本屋さんでの立ち読みが好きです。人との出会いもそうですが、本との出会いも導かれている気がします。勿論中には、何かや誰かが語っている本だから読んでみようと思うことがあります。インターネットを介して書籍を買うこともあります。それは、読んでみたい作家の本でも、有名だったり、流行でない作家の本は本屋さんに置いていない時があります。絶版でもなく、本屋にない時はインターネットでの取り寄せが便利だからです。そういう意味でインターネットの発達は嬉しいものだと思っています。それの延長で、電子書籍が図書館で取り入れられたら、電子書籍ももっと親しめるようになるかもしれない。その辺が少しづつ浸透していく予感がする(既に取り組みがなされている市や学校があるという)話でした。そして面白かったなと思ったのは、出版するってどんなことなのか?という質問でした。誰かに伝えたいメッセージを文字でプレゼントする。いいですね。本当に逆に読者は受け取りたくて書架を徘徊する訳です。私の読みたいと思う本は今は電子書籍のかたちではうまく読めない、いや、私がそう思っているだけかもしれない。これからは、電子書籍も視野に入れて選ぼうと思いました。次のはすな先生とお嬢さんの親子対談は、高校を卒業するために取得しないとならない単位を落とすというところを食い止めようとする母親と、その状況でも学校に行きたくない娘の話という形でした。先生はここに至るより以前に、子供からの親に対してのシグナルが出ていたはずだと解析していました。こうして親困らせると言うのは、親に対して注目して欲しい、甘えたかったという表われがこの形で出たのだといいます。仕事が忙しくて、食事にしてもおろぬいていたといいます。私も惣菜を買ってきて食べるということをしますからそうなのだろうか?と思ったりしましたが、遅くなっても一緒に必ず食べたり、なんらかの付け合わせ等は自分で作って出しています。手抜きであっても、子供たちが待っているので遅くなってもごはんは私が出しています。買ってきて食べてくれたり、自分でつくってくれたらどんなにいいかと思いますが、こんなことくらいしか母らしいことができないからそうしてます。これはいつも家にいない母親だからこそそうするのだと思います。先生の後悔は、二度目のご主人がお子さんに暴力を奮うのをみて、動けなくなって助かられなかったことだといいます。自分も過去にされたことが大きな傷になっているので恐怖で固まってしまう。それはあることだと思いました。記憶の中で酷いことが起きると、からだは自分を守るために固まって身動きができなくなる。助けたい意思があってもできない。でもきっと、それであっても守れなかったことを謝らないと、目の前で殴られていたお嬢さんにしたら悲しみは薄くはならないでしょう。お嬢さんの目線はそれを、ただ傍観しているように思えたそうで、それが自分を助けてくれないと思ったようでした。そして、高校時代学校の外に夜一緒に過ごす友達を持ち、その子たちの方に引っ張られていくという形になっていきます。その子たちと過ごすのが心地よくなると寝たい時に寝、起きたいとときに起きるとなる。学校に行かないとならない時間に起きられない。それは本能のままじゃないと先生はおっしゃっていたけれど、したいことだけするということは、嫌なことからな逃げていいの裏返しになるので、まさにその考え方は堕落の道にしか行かないなと感じました。自分の子供にもそう言われたらそうしていいというつもりだと言っていました。彼女をみて、楽園追放前のエバだと思いました。神様のもとにいたアダムとエバはいいつけを守らなくて知恵の実を食べてしまいます。それは人間は、辛い中で色々なことを経験して学ばなければならないことを暗示していて、人間には誰しもそんなさだめがあって生きるということをさせられる。神様のもとから去らなければならなくなった時、本能のままで生きることは、自分を守る武器を持たず過ごす事になるのだと思うのです。知恵の実を食べたということは、武器を得ることが可能になったのです。本能のまま流されていけばどうなるのか予想がたつ。それでもいいと思う親に自分はなるというけれど、これから先も同じ考えのままなのか気になりました。下に流された時、まずいと気がついた時、そこから抗って這い上がろうと思う時、どれほどのパワーが必要だと予測しているのだろうか?それより楽な道、同じような考えの仲間と過ごして流されていく、一度したその経験に戻らない努力をしようと現時点ではない様に感じました。これは私の全くの所見でしかありませんが……。

インスタントなのに、本格的なカプチーノみたい!!

私はコーヒーや紅茶を自分でいれるのがすきです。職場に毎日コーヒーをいれて持って行くのですが、帰宅後も飲みたいと思ってます。コーヒー豆を挽いて入れるコーヒーは美味しいけれど、値段的にも結構高かったりして、毎日帰宅していれるのはちょっとお財布にやさしくなかったりする…。さて、今回前から気になっていたネスカフェのマシンを借りてみました。嫌になったらすぐ返せばいいし(ボソッ)、と思って。最初はお手入れが難しいかしらーと思ったもののそんなこともなく。普通にネスカフェゴールドブレンドを入れて飲むのと何が違うかといえば、まず、蒸気を物凄い勢いで出すことによって、お湯を攪拌させて、牛乳や、ブライトなんかを先にカップの中に入れておくと、カプチーノ状態になるのです。お湯のホイップ感が本格的で、見た目もお店で出されているものと遜色なし。しかも、あっという間にお湯が沸くので、お水を機械にセットして、電源をいれるとあっという間に出来上がり。これは便利だと思いました!!インスタントで、このふわふわ感は出せないよな、と思います。ネスカフェさん、考えたなぁ。お味はいつものゴールドブレンド。1杯20円ほど。詰め替え用のネスカフェでエコ感出してますが、エコなのにお財布に優しいです。お水は1回既定の容量入れると、マグカップで4杯分ほど。家族みんなで一度に飲める量ですね。しかも、このマシン、無料レンタルできて、詰め替え用にネスカフェ代だけになります。詰め替えボトルも定期購入できるのですが、毎月の他にも最高3か月に1度の購入でもOK!届く前にメールにてお知らせも来るので、まだ残っているなぁと思ったら、購入時期をひと月に1度から、2か月、3か月に1度と変えることもできます。そして、ポイントも貯まり、ためたポイントはお買い物にも使えます。私はこのマシンを使って一番お勧めはやはりカプチーノ。しかも、ネスレ ブライトには色々な味があるのを発見!!カプチーノもバラエティに富んでできることになりまーす!!(パチパチ!!)ブライトはそのままの名前「ネスレ ブライト スティックバラエティセット」。次回の注文時に追加で頼もうと思います♪楽しみ~♪

あぁ、懐かしき昭和時代

会社の勤怠システムが電子化される。PC画面から専用のシステムに入り、出退管理をする。本格的な導入は4月からとなっているが今月から今までの紙による出勤表と併用で管理することとなる。時間ギリギリ出社の私のようなものには大変な問題。ギリギリというのは、PCの立ち上げにしても集中しているのでなかなか立ち上がらない。打刻画面が早くでないかイライラする。と、ここまで書いて、それが予想されるので、いつもより3本前の電車で通うため15分早く家を出ていた。そして一週間は出来たが、今朝は無理であった。ホームに着いた時に、目標としていた電車の1本後の電車が駅を離れた後だった。あぁ。だがまだ一筋の希望はあった。が乗った電車でのアナウンスを聞きながら諦めてしまった。下車駅のかなり手前から前に走る電車の遅延のため各駅で時間調整を行っているという。1分2分が命取りなのに、1分遅れ、2分遅れ、5分遅れと遅延時間が増えていく。多分終点の駅には8分は遅れるだろう。ここまで来て諦めることにした。通勤では色々とある。突然の電車内の急病人、突然駅のホームから落ちる人。朝のラッシュ時にやめて欲しいと内心思いながら、仕方なし。我慢しかない。乗客みな同じ気持ちだ。乗換駅に着くと、会社のメンバーが電車を待っている。少なくとも、打刻で頭が一杯なのは私だけではない。なんとなくほっとする。ロッカーに入る前に席に寄りPCを立ち上げる。私の席の隣の人は、電車が大好きな人なので、私が遅れるだろうことを予測していた様子。なんの説明も要らないのがありがたい。コートを置くとPCを開く。とにかく打刻❗時間は9:00ピッタリ。他の席からほぼ同時に打刻した人たちが荷物を置きにロッカーにやって来た。ああ、昔のタイムカードが懐かしい。あれなら慌てることもイラつくこともなく、電車で揺られて出社できる。と書いて、タイムカードをわかる人がどのくらいいるものか⁉昭和が懐かしい。

社会科見学で裁判を傍聴③

社会科見学で裁判を傍聴した息子の話の三回目。オレオレ詐欺の引き出し役をして捕まった人の裁判。引き出し役って捕まるの分かりそうなのにどうしてやってしまうのだろう?聞いていて思いました。監視カメラに(どんなに変装したところで)写ってしまえば、やっぱり捕まるでしょう。このひとも前科4犯。息子曰く、「もうしません」って言ってたけど、「どうやってもうしないと言い切れるのか、説明してください」っていわれて「悪い人に近づきません」っていったんだけど、裁判長に「相手から近づいて来たらどうしますか?」っていわれて、きちんと答えられないから、ありゃ、またやるだろうなって話聞いて思ったよといいます。中学生たちの方がよっぽどまともな判断です。犯罪の話でなくても寄ってこられたときに強く拒否して顔を合わせたり、話を聞いたりしてはダメだとなんでわからないのか?と思います。しかもATMから引き出すときも笑って引き出してたんだって。といいます。この態度を聞いても、人の金を騙して取ってもそこに罪悪感を感じないということでしょう。ねえ、これ若い人が起こした事件?と聞くと、いや、フツ―におじさんだよ。この人の付き合っている人が法廷にたつんだけど、日本語よくわからないらしい(外国人だからなのだけど)。「反社会的勢力」っていったら、それなんだっていう感じだったよ。スナック経営してるんだって。という。そのおじさんってものが反社会的勢力と繋がってるんだろうねぇ……。裁判にかけられても人は深く反省しないという話が連続してますが、更に次回は他の事件のお話が続きます。

社会科見学で裁判を傍聴②

前回の記事の続きです。社会科見学で裁判傍聴した息子。他の班がどんな事件を傍聴したのか教えてくれました。渋谷で職務質問をされた人は覚せい剤をしていたということで捕まった、という事件。ポケットから注射針が、腕に注射の跡があり捕まったとのこと。こういう人はもうマークされているのに薬を止めることができない。そんな話をしました。前科3犯だったということです。分かりやすい犯罪で逮捕も当たり前のようにされてしまうけれど、きっと繰り返すだろうと聞いていて思いました。薬物依存は更生がとても難しいと思います。なければ薬に頼らないで済むから、本来全て無くなればいい。だけど、悪い方に傾きやすい人は、そちらからの声にのってしまうのでしょうね。いい食い物にされていると気がつかないとならないのだろうけれど(一生抜けられないから)、悪い人は自分のいいように出来る人かどうかも分かって声をかけるのだと思います。なぜなら、売る方も犯罪だと分かって売る。ということはリスクを冒している訳だから、誰にでも声をかけるのではないと思います。結局、そういう隙を相手に分からせる自分ではいけないということなのではないだろうか?と思います。ただ、薬物がダメだといっても分かる人と分からない人がいる。自分の人生を棒に振らないためには、その手の話に乗りそうな自分であってはならないということ。まわりに流されて一度なら、という考えになってはいけないのだ考えられる理性がないと人生を踏み外しかねないと思いました。他の班の話もまた次回に…。

社会科見学で裁判を傍聴①

中学生の次男が社会科見学に行った。見学のひとつが裁判所で班ごとの裁判の傍聴だった。実際の法廷に行くなんてこともなかなかない。しかもきちんと裁判は開かれている。それを中学生に見せてくれるなんて、裁判所も連れて行った先生もすごいなと感じた。確か長男は公立の中学だったからか地元商店街に行ったんだったか。それも勉強になるし、帰宅して色々と話してくれて学んだものも多かったのだなと思ったが、裁判の話は私も実際にみたこともないので聞いていて面白かった。裁判内容は勿論教師も知らない様子で、行く前には刑務所に入りたいから消しゴム沢山盗んだなどの裁判だったりするというケースを話したらしい。しかし、実際に息子が見学した裁判内容は、家庭でのDV。70代の父親が酒を飲んで妻と娘に暴行を働いた。 当人たちにとって深刻な問題。誰も自分の肉親を訴えたいとは思わないだろう。日常的に繰り返され耐えられなくなって刑事事件になったのだろうと想像できた。息子の感想は、裁判長が一番おとなしそうだっただった。ちょっと笑った。弁護側も、検察側も主張しなくてはならない。おとなしく聞くだけではないからそりゃそうだろう。実際の被告は普通のおじいちゃんだったわけで、家族もそれがなければ平穏に過ごしていたのだろうになと思った。息子は他の班の事件も、傍聴した友人から聞いた。なかなかインパクトがある事件を傍聴したものだとこちらも感心。それはまた次回に。